岩谷堂箪笥の世界 その1

 ここ数年、何度か岩谷堂箪笥を撮影する機会をいただいている。岩谷堂箪笥は、岩手県の奥州市江刺で作られている伝統工芸品で、日本を代表する伝統箪笥のひとつである。
 この町には箪笥を作る工房がいくつかあるが、僕がお邪魔するのは藤里木工さんだ。何人もの職人を抱える大きな工房で、及川孝一さんとその御子息である雄さんと豪さんが中心となり、活動している。
 東京で江戸差物と彫刻を修行し、故郷で育まれてきた工芸を受け継いだ孝一さんは、黄綬褒章を受賞するほどの方で、まさに日本を代表箪笥職人の一人だが、雄さん、豪さんもそれぞれ伝統工芸士の資格を持ち、互い切磋琢磨する日々を送っている。
 岩谷堂箪笥づくりは主に3つの工程にわけられる。本体となる木地加工・組み立てと、漆塗り、金具づくりだ。
 木地については、欅を使うのが伝統で、無垢の一枚板を使うほか、無垢材をスライスしたものを貼り付けた合板を使用することもある。合板と聞くと、眉をひそめる人もいるかもしれないが、いろいろな意味でメリットも多い。まず、精度の高さ。高気密化が進められている現代住宅は、極端に湿度が低い。そのため、どうしても無垢材は動きが生じる。
 藤里木工では低湿度に対応するため、人工乾燥器を使って含水率をぎりぎりまで下げる。それでも設置後の環境によって無垢材は動く。これは狂うというのではない。木がその場所の湿度環境に合わせるだけで、「動く」というニュアンスが正しいだろう。もちろん、設置後の調整もやってもらえるので心配ないのだが、合板を使えば設置場所の環境に左右されにくいものができる。また、資源を大切に使うという意味でも合板のメリットは大きい。岩谷堂箪笥に使用されるケヤキは深山で数百年かけて育ったものを使う。できるだけ良材をと、及川さんらは奔走しているが、枯渇気味というのが現状だ。そのため、スライスすることは、数少ないケヤキを上手に使うという意味合いも含まれる。さらに価格も抑えられるため、多くの人が求めやすくなる。

 組み立て加工については、無垢材も合板もほとんど変わりはない。もちろん鉄釘など使うことはない。高度な組手、仕口を駆使し、100年以上長持ちするようにと、丁寧に組み立てられていく。
 金具の加工についても、彫金によるものと、鋳造のものがある。彫金は、まさに手仕事。一枚の鉄板を素材とし、幾種類ものタガネを使って打ち出していく。言葉にするとただそれだけだが、職人の美意識と技によって生み出されていく、龍、虎、雷神、風神などの紋様は、究極の美をまとう。
 一方の鋳造金具は鋳造の良さが光る。繊細精緻な彫金金具に対し、鋳物ならではの重量感で箪笥を飾る。エッジのない丸いフォルムも鉄でありながらもどこか優しげなイメージだ。何よりも、こうした鋳物金具の美しさは、南部鉄器の故郷でもあるこの地で鋳造されていることに由来している。
 漆塗りについては、最もポピュラーなのが拭漆での仕上げだ。上質の漆を塗っては拭き上げるという工程が何度となく繰り返され、磨きあげられてようやく完成する。ケヤキの木目を底に秘め、しっとりとした艶のある拭漆ならではの美しさは、古くなるにつれて落ち着きを増し、岩谷堂箪笥を使う喜びをもたらしてくれる。
 また、木地呂塗と呼ばれる漆塗の技法で仕上げられることもある。これは木目の美を究極に追い求める高度な技法で、独特の赤味が特徴的だ。何よりも漆の底にダイナミックに走る木目が表現する格調と風格の高さは、拭漆仕上げ以上のものがある。
こうした高度な箪笥づくりを伝統工芸士で上手に分担しながらこなしているというのが藤里木工の特徴でもある。