●ゆい工房誕生2

2008/02/25(月) 未分類
自宅を建てたのだが、これが妻から不評だった。

正確に書くと、地元の巣子地区に地主さんから土地を購入し、売却モデルハウスを建てた。その後買い手が見つからずに自分で買ったというお粗末な顛末である。

当時としては最先端だと信じるソーラーサーキットの「外断熱」に2×4工法という夢の顔合わせである。非の打ち所のない理想の家ができあがるハズであった。

ところが、妻の意見が全く反映されていないという事情もあるが、それを差し引いても結果は惨憺たるものであった。どこが不評であったかその一例をあげてみると・・・。

まず、気密性能がよすぎて息苦しい。当時まだ2歳と3歳の子供と夫婦4人で布団をしいて餃子寝していると真夜中に息苦しくなって目が覚める。こりゃいかんと思って窓をあけることがしばしばだった。

とにかく窓が小さい。高気密高断熱の性能を重視したために、引き違い窓は極力使わずにFIXと縦滑り窓の連窓を多用した。窓から体を出すことができない。これはとっても不快なことだと後から気がついた。

日中の採光にも問題があった。南面に総2階の家が建っているために、1階のリビングに朝の時間帯と夏場しか直接日が差し込まない。やはり住んでみると日照がいかに大切かがよく分かる。吹き抜けにして開放的な間取りにすること、2階窓から1階のリビングに光が差し込む工夫が必要であった。

ビニールクロスと塩ビシート巻きのセット建材は実に合理的だが、すぐに飽きがきてしまう。家にいてもどうも気が休まらない。当時はこれが当たり前だと信じていたのだが・・・。建材建具の蝶番も便利なようだが、壊れても在庫期間が10年だという。現代の家が短命である理由の一つがここにある。

いずれにせよ、現在のゆい工房の間取り術からすれば、「失敗した家造り」の典型例のような家になってしまった・・・。はやくもう一度「ゆい工房」の家を建てねばならないと決意する今日この頃である。

つづく・・・。

1ページ (全3ページ中)