ゆい工房社長 大学時代

2008/01/09(水) 未分類
私は旧制二校 仙台の東北大学の出身。学部は経済学部だ。

現役の時は岩手大学の教育学部の小学校教員課程をうけたがみごとにすべった。ところが、なぜか二次募集の中学校教員課程の技術科の先生に引っかかった。

当時の担任の先生には、二次募集でもいいから岩手大学にいけとさんざん説得されたが、私が受講した当時の技術科の先生のイメージが悪すぎた。

さっさと仙台の文理予備校に行くことに決めてしまった。だが予備校に通ったのは最初一週間だけ。あとは友達に代返してもらって、ほとんど宅浪状態

経済学部を選んだのも、理由は単純で、最も自分の実力で入りやすそうだったから。今考えてみると、当時はまだ宇野学派のマルクス経済学が幅をきかしていた。

近代経済学に較べ統計学等の計算がない分、マル経の方が単位取得が容易だった。(現実と乖離した過去の遺物になってしまったけれど・・・)

クラブは新聞部に一時在籍し、リクルートの江副さんのように、広告取りのアルバイトに精をだしていた。

空手も習ったけど、一段を取得したのを機にやめてしまった。

青葉城には何十回登ったかわからない。

ほんとに仙台は私の第二のふるさとである。


つづく

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